節分に行われる豆まきでは「鬼は外、福は内」という言葉をよく耳にしますが、このフレーズの深い意味や起源を知っていますか?
さらに、この伝統的な行事で家から追い出される鬼たちは、どこに消えるのでしょうか?
子供からの鬼はどこに行くの?という素朴な疑問に答えられず、調べてみました。
節分の意味とその重要な日
「節分」という言葉は、「季節の変わり目」という意味を持ち、一年に四回、各季節の始まる日の前日を指します。
- 立春(りっしゅん)
- 立夏(りっか)
- 立秋(りっしゅう)
- 立冬(りっとう)
これらの日の前日がそれぞれの季節の「節分」です。
特に、立春の前日は新年の始まりとして特別な重要性を持ち、日本では「節分」といえば通常、立春の前日を指すことが多いです。この日は、毎年2月3日または4日に当たり、春の訪れを告げる大切な節目とされています。
節分で豆をまく伝統の起源
節分に豆をまく習慣は、古代中国の風習から日本に伝わりました。季節の変わり目には邪気が現れるとされ、これを払い、健康を願うために豆まきが行われるようになりました。実際に、文武天皇が慶雲3年(706年)に宮中で豆まきを初めて行ったと記録されています。
この習慣では大豆が使用されます。大豆は古来から穀物の中でも特に「邪気を払う力がある」と考えられてきました。また、豆には「魔目(まめ)」と「魔滅(まめ)」という語呂合わせがあり、これが「鬼の目を滅する」という意味を持つとされています。これにより、豆をまくことで邪気や魔物を追い払い、無病息災を祈る習慣が築かれたのです。
「鬼は外、福は内」の由来
室町時代の相国寺の僧侶、瑞渓周鳳の日記である『臥雲日件録』の文安4年12月22日(1449年1月16日)の記述には「散熬豆因唱鬼外福内」とある[19]ように、掛け声は通常「鬼は外、福は内」である。 出典:webio
室町時代(1335年~1573年)の文献に、「散熬豆因唱鬼外福内」と記されており、すでにこの時代に一部の寺院や神社で「鬼外福内」と唱える習慣が存在していました。このフレーズでは、通常「鬼は外」と先に言い、その後に「福は内」と続ける形で唱えられます。
「鬼は外、福は内」の掛け声には、鬼、つまり邪気や災害を外に追い出し、福や幸運を家の中に招き入れるという深い意味が込められています。具体的には、「鬼は外」で不運や病気を追い払い、「福は内」で健康や幸福を家庭に招くことを象徴しています。
正しい豆まきの手順とは
- 家の中の窓や戸を全て開け、最も家の奥にある部屋から豆まきを始めます。
- 「鬼は外」と言いながら、窓や戸から外に向けて豆を投げます。
- 豆を投げた後、すぐに窓や戸を閉めて、外に出た鬼が戻らないようにします。
- 次に「福は内」と言いながら、室内に向かって豆を投げます。
- 最後に玄関に移動し、「鬼は外」と言いながら玄関の外に豆を投げ、すぐにドアを閉めます。
- 玄関の内側で「福は内」と言いながら、家の内部に向かって豆を投げます。
この伝統的な節分の行事は、家庭に平安と繁栄をもたらすための重要な役割を果たします。
まとめ
節分における「鬼は外、福は内」という掛け声の由来と意味、ならびに鬼の行き先について調べました。
「節分」とは季節の変わり目を意味し、日本では特に立春の前日が指されます。この日には、春の訪れを告げる重要な節目として、豆まきが行われます。この行事は、古代中国から伝わり、豆に「邪気を払う力がある」とされることから始まりました。実際に、大豆を使用し、「鬼の目を滅する」という意味で豆まきが行われています。
また、室町時代の文献には「鬼は外、福は内」と唱える記録があり、これが邪気や災害を追い出し、福や幸運を招く行為であることが示されています。しかし、追い出された鬼が具体的にどこへ行くのかははっきりしていませんが、一般的には人の心の中に存在し、精神的な浄化を象徴しています。一部の神社や寺では鬼を改心させるための儀式が行われ、鬼を迎え入れる文化もあります。
このように節分の行事は、邪気を払い新たな始まりを迎えるために重要な役割を担っています。